~『名探偵の掟』7つのポイント~
『名探偵の掟』は、東野圭吾33作目の作品。
この前に『天空の蜂』のような壮大で考えさせられるような作品を書いた人と同じ人が作ったとは思えないゆる~い作品。
推理小説のあるあるを面白おかしくいじっています。
がっつり本格推理を楽しみたい人、この作品はちょっと違うので要注意です。
完全密室、時刻表トリック、バラバラ死体に童謡殺人。
フーダニットからハウダニットまで、12の難事件に挑む名探偵・天下一大五郎。
すべてのトリックを鮮やかに解き明かした名探偵が辿り着いた、恐るべき「ミステリ界の謎」とは?
本格推理の様々な“お約束”を破った、業界騒然・話題満載の痛快傑作ミステリ。
さあ、『名探偵の掟』について語りましょう。
1 概要
『名探偵の掟』は東野圭吾の短編小説。
1996年に単行本が、1999年に文庫版が、それぞれ講談社から刊行された。
「このミステリーがすごい!1997」では3位にランクインするヒット作となった。
また、受賞は逃したが、第18回吉川英治文学新人賞の候補にもなった、東野圭吾の出世作の1つである。
東野圭吾はこの作品について「何を出しても売れなかった頃、やけくそで書いたのが本書だ。読者に一泡吹かせてやろうと思い、小説のルールはすべて無視した」と言っています。
確かに、ルール無用の、かなり思い切りの良い作品である。
2 登場人物
天下一大五郎
本作の主人公で、かつ「天下一探偵シリーズ」の主人公探偵。作者に描写力が無いので、自ら「頭脳明晰、博学多才、行動力抜群の名探偵、天下一大五郎です」と名乗っている。
大河原番三
本作の語り手で、「天下一探偵シリーズ」に登場する、見当はずれな推理を振り回す刑事の役割を果たす脇役。作中の自らの役割を全うするため、真犯人を自分の手で見つけてはならず、事件解決のための鍵は見逃さなければならない過酷な制約を課せられている。そして間違っても真相に近づいてはならないため、常に主人公の天下一探偵よりも先に事件の真相を暴き、わざとその推理を迂回して真相を避けている。
3 エピソード一覧
プロローグ
- 密室宣言 ― トリックの王様
- 意外な犯人 ― フーダニット
- 屋敷を孤立させる理由 ― 閉ざされた空間
- 最後の一言 ― ダイイングメッセージ
- アリバイ宣言 ― 時刻表トリック
- 『花のOL湯けむり温泉殺人事件』論 ― 二時間ドラマ
- 切断の理由 ― バラバラ死体
- トリックの正体 ― ???
- 殺すなら今 ― 童謡殺人
- アンフェアの見本 ― ミステリのルール
- 禁句 ― 首なし死体
- 凶器の話 ― 殺人手段
エピローグ
最後の選択 ― 名探偵のその後
4 各エピソードの構成
各エピソードとも、小説の中の話と、こちらの世界の話で成り立っている。
登場人物たちが小説の中での自分たちの役割について理解しており、嫌々ながらもやっているという姿勢が何となく気の毒でもあり、それでも渋々やりこなすという責任感のある心意気が涙ぐましい。
ある人物などは、自分がその役割を全うすべくどれだけ知恵を絞って、工夫して、犯行がばれないように仕上げてきたのかを長ゼリフを滔々とまくしたてる。
その顔は幸福感で満ち溢れたものだった。
こちらの世界で、天下一と大河原が今回の作品の題材について、それを揶揄するように語り合うところが面白い。
はっきり言って作品に関係のない人物や背景について、サクッと簡潔にまとめてしまっているところも面白い。
確かに、ミスリードのために明らかに犯人ではない登場人物を怪しく臭わせたり、事件の恐ろしさを演出するための昔からの言い伝えを持ち出したり、そういうのって読者は最初から事件とは無関係と思って読んでいるなあ。
そして、犯人を明らかにする推理部分をすっ飛ばしてしまうのも面白い。
5 それ、言っちゃう?
この作品では、本格推理小説界にとって結構な爆弾発言が連発されている。
そのほんの一例をご紹介。
私は機会があれば読者の皆さんに伺ってみたいと思っている。あなた、本当に密室殺人事件なんか面白いんですかい。
犯人を捕まえてから、どうやって密室にしたのか聞きだせばいいんだわ。あたしは特に聞きたくもないけど。
作品中の探偵のように論理的に犯人を当てようとする読者など、皆無に等しいからである。大部分の読者は、直感と経験で犯人を見破ろうとする。「あたし、途中で犯人がわかったもーん」という読者が時々いるが、実際に推理してわかったのではなく、こいつだ、と適当に狙いをつけたら当たっていただけに過ぎない。
いつもいつも大雪で山荘が孤立したり、嵐で孤島の別荘が孤立したりするのでは、読者の皆さんも飽きてくると思うのである。登場人物だって、いい加減うんざりしてくる。そもそも舞台を孤立させる理由は、どこにあるのだろう?孤立させないと、どういう点がまずいのだろう?
どうしてわざわざ暗号めいたものにするんですかね。犯人の名前をずばり書き残せばいいじゃないですか。
『アリバイ崩しもの』には、犯人を当てるとか、動機を推理するといった楽しみが少ないでしょ。あれがどうもね。趣味に合わないというか・・・。作家側がいろいろなバリエーションを考え出していることは認めますが。
二時間ドラマだと、大抵の場合、主人公は女に変えられちゃうんだよ。視聴者の大半が主婦だからさ、そうしないと視聴率を稼げないんだって。
「いいや。君は犯人がわかったのか」「まあね」天下一は片目をつぶった。「配役表を見ちゃったから」
大抵のトリックは現実には実行不可能です。おどろおどろしい雰囲気を作り出して、読者を煙に巻いてはいますが、よく考えると、そんな馬鹿なというトリックばかりです。法医学を完璧に無視したものも多いし。
屋敷を舞台にした本格推理で、犯人が消えたという設定なら、ふつう屋敷の見取り図が出てくるじゃないですか。(中略)そういう図面は本当に必要かねえ。(中略)ああいうものはアリバイ崩し小説における時刻表みたいなものでだな、読者に対して、推理する材料は出してあるよ、アンフェアではないよ、という立場を保つために載せてあるにすぎないんじゃないのかね。現実には、図面を見て読者が謎を推理するなんてことはないと思うな。
「とにかくはっきりしていることは、これからまだまだ殺人が起きるということです。何しろ今度の子守唄は、十番まであるんですから」「あと八人は死ぬということか」
まずこのトリックにはオリジナリティが感じられない。(中略)ところが今回のトリックは、一部の例外をの除くと、たった一種類しかない。つまりこのトリックを使った記念すべき第一作以降の作品は、すべて盗作だという言い方だってできるのです。
この時点で、首なし死体が風間だと思っている読者は、余程の呑気者か、この小説を真面目に読んでいないかのどちらかです。
御都合主義なんて、トリック小説にはつきものでしょう?
残りのABCは、明らかに作者がミスリードのために出してきた、本筋とは関係のない人物である。そのことが読者にさえも見え見えという、いないほうがましな登場人物だが、客があまりに少ないのも不自然だろうということで作者が出してきたに違いない。
ハイテク機械を使った複雑なトリックになると、却って驚きが少なくなるんじゃないですか。(中略)逆転の発想から生まれるトリックというのが、僕たち探偵側としても挑み甲斐があるものですからね。
6 「エピローグ」と「最後の選択」
推理小説の色々なジャンルを面白おかしく皮肉りながら切り込んだこの作品。
天下一探偵シリーズのように、シリーズものの作品となると、毎回毎回新しいトリックや、様々なジャンルの犯行方法を考え出さなければならない。
そしてそんじょそこらのチープなトリックでは読者は欺けないし、読者を振り向かせることもできない。
この「エピローグ」と「最後の選択」には、シリーズものの作品の苦悩が表れているのではないだろうか。
それはそれで仕方が無いことなのかもしれない。
7 総評
この作品は好き嫌い、賛否両論が大きく分かれる作品だと思う。
『名探偵の掟』というタイトルにつられて、超本格推理小説とか、ハードボイルドな探偵小説とか、謎が謎を呼ぶミステリー小説とか、主人公探偵(またはその助手的存在)の事件を通しての成長物語などと思ったら大間違い。
だってこれは、そういったものとは大きくかけ離れた作品だから。
これまでに色々なジャンルの推理小説を読んできた人には、息抜きとして楽しめる作品かもしれない。
しかし、これから推理小説を読もうとしている人、これから東野圭吾作品を予防としている人にとっては、初めのうちに読む作品としてはおススメできない。
それにしても、『天空の蜂』のようなスケールの大きな作品と書いたと思ったら、今度はこの『名探偵の掟』。
東野圭吾という作家の振り幅の大きさに改めて驚愕する。
密室殺人、アリバイトリック、孤立した山荘もの、これまで東野圭吾も取り扱ってきたジャンルであるが、この作品以降の東野圭吾は、自身の作品の傾向もガラッと変えてきている。
そこもまたすごいところである。