~『どちらかが彼女を殺した』のポイント7つ~
『どちらかが彼女を殺した』は、東野圭吾34作目の作品。
加賀恭一郎シリーズの第3弾です。
前作『名探偵の掟』でミステリー小説のあるあるを鋭く突いた東野圭吾ですが、この作品で驚くべくことをやってのけます。
最後まで犯人の名前が語られないのです。
登場人物の行動やセリフ、現場の状況など各所に散りばめられたヒントから、読者自身が犯人を推理するのです。
最愛の妹が偽装を施され殺害された。
愛知県警豊橋署に勤務する兄・和泉康正は独自の“現場検証”の結果、容疑者を二人に絞り込む。
一人は妹の親友。
もう一人は、かつての恋人。
妹の復讐に燃え真犯人に肉薄する兄、その前に立ちはだかる練馬署の加賀刑事。
殺したのは男か?女か?
究極の「推理」小説。
さあ、『どちらかが彼女を殺した』について語りましょう。
1 あらすじ
ある日妹・園子からかかってきた不穏な電話。
「お兄ちゃん以外誰も信じられなくなっちゃった。あたしが死んだらきっと一番いんだろうと思う」。
翌日、園子を訪れた和泉康正が発見したのは、感電死していた妹の姿だった。
一見自殺に見えた妹の死だったが、康正は園子は誰かに殺され、自殺に偽装されたのだと確信する。
犯人への復讐を誓う康正は、自分の手で犯人を探し出すため、他殺の痕跡を隠蔽し、警察が園子の死を自殺と判断するよう画策する。
そして康正は、容疑者を2人に絞ったのだった。
1人は妹の親友、もう1人は妹の元恋人。
どちらかが彼女を殺したことは間違いない。
2人の容疑者に接近する康正。
しかしそこに加賀恭一郎が立ちはだかる。
果たして妹を殺したのはどちらなのか。
そして康正は加賀とどのような対決をするのか。
2 登場人物
和泉園子
被害者。電子部品メーカーに勤めるOL。電源コードによる感電死しているところを兄・康正に発見される。康正の手により園子の死は自殺と判断されたが、加賀は現場の偽装工作を見抜き、他殺と判断する。
和泉康正
被害者の兄。豊橋警察署の交通課勤務。物証から仮説を組み立てるプロ。妹の死は自殺ではなく他殺であると確信し、現場から他殺の痕跡を隠蔽し、独自の捜査を進め容疑者を2人に絞りこむ。
弓場佳世子
園子の高校時代からの友人。小柄ではあるが美しい容姿とプロポーションを持つ。園子の恋人で会った佃と恋仲になる。
佃潤一
園子の元恋人。現在は佳世子と付き合っている。かつては画家を目指していたが、現在は父親が社長を務める大手出版社に勤務している。
3 『どちらかが彼女を殺した』最大の特徴
『どちらかが彼女を殺した』という作品の最大の特徴は、犯人の名前が明かされないことだ。
それでは、犯人が分からないのか、というとそうではない。
作品中に散りばめられている様々なヒントをつなぎ合わせれば、きっと犯人が分かる。
文庫版であれば巻末に「推理の手引き」もついているので、犯人当てのヒントにもなる。
通常であれば、探偵役のキャラクターが犯人を突き止め、真相を暴いていくのだが、この作品はこの辺りも複雑に、そして巧妙にできている。
この作品の探偵役はやはり康正だろう。
弓場と佃、どちらが園子を殺したのか、様々な手掛かりをつかみ、色々な推理を働かせ、真相に迫ろうとする。
しかし康正の狙いは、犯人を警察に差し出すことではなく、自分自身の手で妹の復讐を遂げること。
だから現場を偽装工作したのだ。
しかしそこに現れた加賀は、現場が自殺に見せかけられたものであり、康正が自らの手で犯人に手を下そうとしているのではないかと察する。
加賀の登場により康正は、探偵役でありながら、現場の偽装工作と自身の狙いを悟られないようにする、犯人のような立場にも立つことになるのだった。
4 『名探偵の掟』で作者が指摘したこと
『名探偵の掟』で東野圭吾はかなり大胆なセリフを言わせている。
私は機会があれば読者の皆さんに伺ってみたいと思っている。あなた、本当に密室殺人事件なんて面白いんですかい。
「アリバイ崩し」ものには、犯人を当てるとか、動機を推理するといった楽しみが少ないでしょ。
残りのABCは、明らかに作者がミスリードのために出してきた、本筋とは関係のない人物である。
「君は犯人が分かったのか」「まあね」金田一は片目をつぶった。「配役表を見ちゃったから」
作品中の探偵のように論理的に犯人を当てようとする読者など、皆無に等しいからである。大部分の読者は、直感と経験で犯人を見破ろうとする。「あたし、途中で犯人がわかったもーん」という読者が時々いるが、実際に推理してわかったのではなく、こいつだ、と適当に狙いをつけたら当たっていただけに過ぎない。
5 それに対して『どちらかが彼女を殺した』は・・・
『どちらかが彼女を殺した』はこれらを見事に返している。
確かに園子の部屋は密室になっていたが、それは何か特別なトリックを使ったのではなく、合鍵を使ったため。
問題はその合い鍵は誰が持っているのか、ということ。
ちなみに、康正は園子の死を自殺と偽装するため、一旦ドアチェーンをはめ、それを切断するという細工を行っている。
ドアチェーンが閉まっていたので現場は密室だった→誰も外部から侵入できないし内部から脱出もできない→よって園子の死は自殺である、という論理だ。
アリバイ崩しもある。
園子の死亡推定時刻のアリバイを確固たるものにするため、佃は隣人を部屋に呼んでいる。
そこで使われていたのは胡蝶蘭の油絵。
しかしここで大切なのは、この作品においては佃のアリバイの立証またはアリバイ崩しは読者にとって何の意味も無いということ。
従って、読者は佃のアリバイを崩そうと無理に推理する必要が無いのだ。
それよりも、色々なシーンの描写などに含まれている真相に近づくヒントなどを探した方がよっぽど有効である。
この作品には残りのABC的な人物は出てこない。
何しろ、メインの登場人物は、園子、康正、弓場、佃、そして加賀の5人だけ。
目撃証言やアリバイの証人、園子や康正の勤務先の人物なども登場するが、はっきり言って事件には何の関係もない。
貴重な証言や推理のヒントになるようなことを与えてくれるだけである。
もっと言うと、読者は弓場と佃以外の人物を一切疑う必要はない。
だからこそシンプルで、とても読みやすいのである。
そしてこういうストーリーだからこそ、もし映像化した場合も、配役で犯人が分かるということはない。
そもそもどちらが犯人か明らかになっていないわけであるし、弓場、佃の配役を、普段は犯人役をやらないどころか、メインの役どころ、いい人の役どころを演じることが多い俳優さんにやってもらえばよい。
弓場も佃も容姿もスタイルも良いので、主役級の俳優を当てても文句はないはずだ。
そして、作品中の探偵のように論理的に犯人を当てようとする読者・・・、この作品を読んだら多くの人が論理的に犯人を当てようとする読者になってしまうのではないだろうか。
そして、適当に狙いをつけたら当たっていた、というような代物でもない。
なぜならば、犯人は2人のうちのどちらかだから。
何となく当てずっぽうで、犯人はこっちだ!と言っても、犯人が明らかにされないのだから正解が分からない。
だからこそ、多くの読者は当てずっぽうで得意気な顔をするのではなく、作品を隅から隅までしっかりと読み込み、ヒントを探し当てようとするのではないだろうか。
6 加賀恭一郎の洞察力と推理力と説得力
今回の加賀恭一郎は2つの謎に立ち向かっている。
1つは園子の死の真相を暴くこと、そして康正の仕掛けを見破り目論見を阻止すること。
園子の遺体発見時には既に康正により現場は手を加えられている。
しかし加賀はその現場を見て不自然な点を発見し、康正の矛盾に気づき、そしてその子の死の謎に迫っていく。
いくつもの偽装工作が重なった現場において、加賀は冷静に僅かな綻びを見つけ出す。
その洞察力、そしてそれらヒントを結びつけながら何が起こったのかを導く推理力に感服、脱帽する。
様々な偽装工作を施し、独自に真犯人に肉薄していく康正。
しかし加賀は康正よりも先に真相に気づいていた。
果たして加賀が辿り着いた真実とは?
妹を亡くした怒りや恨みを真犯人にぶつけようとする康正に対し、加賀がとった行動とは?
加賀の説得力は康正の心を動かすことはできるのだろうか。
7 果たして真相は?
物語はほとんどが康正の目線で語られる。
康正は現場の様子を見て様々な推理を働かせ、佃や弓場の発言の不自然な点や矛盾点を指摘し、事件の真相に迫っていく。
また、同時に加賀も別の角度から事件の真相に近づいていた。
犯人は佃か弓場のどちらか。
それは間違いがない。
物語のクライマックス、2人を追い詰める康正。
そしてすでに真相にたどり着いた加賀。
物語の随所に様々なヒントが散りばめられているので、しっかりと読み、論理的に考えればどちらが犯人なのか分かるようになっている。
ほんの些細な不自然な点が、加賀そして康正に真相を伝えてくれるのだった。
果たして、真相に近づくためのヒントとは?
そして園子を殺した犯人は佃なのか、弓場なのか?
是非、読者のみなさん自らその真相にたどり着いてもらいたい。