~『怪笑小説』7つのポイント +2~
『怪笑小説』は、東野圭吾31作目の作品。
これまでの東野作品とは全く雰囲気やテイストの異なるユーモア短編集です。
ユーモアと言ってもどちらかと言ったらブラックユーモア。
全部で9つの作品が収録されています。
そして全作品とも作者・東野圭吾のあとがき付き。
作品を作るに至った経緯やエピソードなどが、こちらも面白おかしく書かれています。
年金暮らしの老女が芸能人の“おっかけ”にハマり、乏しい財産を使い果たしていく「おっかけバアさん」、
“タヌキには超能力がある、UFOの正体は文福茶釜である”という説に命を賭ける男の「超たぬき理論」、
周りの人間たちが人間以外の動物に見えてしまう中学生の悲劇「動物家族」・・・etc。
ちょっとブラックで、怖くて、なんともおかしい人間たち!
多彩な味付けの傑作短篇集。
さあ、『怪笑小説』について語りましょう。
今回は、全部で9編あるので、いつもの7つ+2です。
1 鬱積電車
満員電車の乗客たち。
それぞれが周りの他の乗客に対し鬱積した不満を抱えている。
この人はあの人に、そしてあの人は別のその人に。
それぞれの心情描写が巧妙で面白く、ものすごい悪態を心の中でついている。
そして最後に待っている秀逸なオチ。
さあ、この後車内はどうなってしまうのだろうか。
2 おっかけバアさん
ケチで知られるバアさんが、人気役者・杉平健太郎の公演のチケットを入手した。
公演にどっぷりハマってしまったバアさんは、すっかり杉平健太郎の追っかけになってしまう。
大切にしているなけなしの生活費を追っかけに注ぎ込み、また、追っかけをするためにさらに自分の生活を削っていく。
そして杉平健太郎の覚えを良くしようと、どんな苦痛も我慢するバアさん。
2年後の彼女の姿は驚きと恐怖で腰を抜かしそうになるほど。
そして、とある公演の当日、バアさんを悲劇が襲う。
3 一徹おやじ
待望の男の子が生まれた父親。
息子を野球選手にするという夢を叶えるため、幼いころから特訓を課していく。
息子は父親の課す無理なトレーニングにも耐え続け、そしてプロ野球からドラフト指名されるまでに至る。
何故息子はそこまで父親の言いなりになったのか。
そこには驚くべき彼の本音が隠されていたのだった。
息子が生まれるまで父親の夢の犠牲になっていた「私」の視点で物語は進む。
「私」も実はものすごい結果を残しているのだが、その描写はさりげなく、そして父親の反応も素っ気ないところがまた面白い。
4 逆転同窓会
普通の同窓会は、生徒が企画し集まり、ゲストとして教師を招く。
しかしここの同窓会は少し違う。
教師たちの同窓会が毎年開かれていたのだった。
ある年の同窓会で、ゲストとして思い出深い年の生徒をゲストに呼ぶことが提案された。
果たして、教師たちの同窓会にやってくる元教え子たち。
教師嫌いの東野圭吾が、教師を思いっきり皮肉った作品になっている。
5 超たぬき理論
幼少期に田舎で空飛ぶタヌキを目撃した空山一平。
以降、タヌキの研究に没頭し、タヌキには超能力があり、UFOはタヌキが化けた文福茶釜であると提唱する。
そして、UFOは宇宙人の乗り物であると主張する大矢真とテレビ番組で対決する。
大矢が何を言ってもすべて論破する一平。
その内容は単なるこじつけや詭弁を超え、むしろ痛快で清々しい。
ラスト一行は切なく悲しく、オチとして秀逸。
6 無人島大相撲中継
豪華客船が転覆し、乗客たちは無人島に漂着した。
救助が来るまでの数日間、乗客たちを救ったのは、大相撲の過去のすべての取り組みを覚えており、実況で再現できる男・徳俵庄ノ介だった。
最初は普通に徳俵の実況中継を聞いていた乗客たちだったが、次第に支給された食糧を賭けるようになる。
手持ちの食糧が無くなりかけ切羽詰まった男は、徳俵にある相談を持ち掛けるのだが・・・。
7 しかばね台分譲住宅
都心から離れたところにある分譲住宅地で男の刺殺体が発見される。
それにより、ただでさえ下降気味の地価相場がさらに下がるのを恐れた住民たち。
最近評価が高まっている近隣の住宅地に死体を持っていき、そこの評価を下げようと画策する。
果たして、住人たちは死体を運び出すことに成功する。
しかしその翌日には同じ死体がまた舞い戻ってくる。
気持ちよいほど自分に都合の良い意見を述べながら、再び死体を運ぶ住人たち。
当然死体の腐敗は進んでいくが、そんなことはお構いなしに死体を運び合うこちらとあちらの住宅団地。
この死体のやりとりがもたらす結果とは・・・?
8 あるジーサンに線香を
タイトルからも分かるように『アルジャーノンに花束を』のパロディ。
あるジーサンが医師から若返りの実験に協力してもらえないかと打診される。
躊躇いつつもその申し出に応じるジーサン。
若返りは成功し、失った青春時代を取り戻していくジーサン。
しかし当然実験には限界があった。
ジーサンの変化の経過が日記調で語られており、楽しさと切なさが同居する物語である。
9 動物家族
他人が動物に見えてしまう中学生の肇。
父はタヌキに、母はスピッツに、兄はハイエナに、姉は猫に、そして祖母はキツネに。
家でも学校でも不満とストレスが溜まっていく肇。
鏡に映る自分の姿は両生類とも爬虫類ともつかない生物だった。
やがて鬱憤が溜まった肇がとった行動とは?
肇の心の移り変わりが悲しく、そして恐ろしく描写されている。
ラストで肇が確認した、自分自身の姿とは・・・?